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その獣は、人知れず森で暮らしていた気高き王だった。
黒く艶のある毛皮に一族の中で一番大きな体躯を持ち、妻子と日々を送っていた。
平穏な彼らの環境とは裏腹に、人々が住む街では疫病が流行っていた。身体が黒く変色する、死の病だった。
人々は苦しみのあまり、神にもすがるようにもなった。
ある人物が一言ぼやいた。
「外れにある森に迷い込んだ時に、巨大な黒い獣を見たことがある。
ちょうど我々の住む場所はあの森の直線上にある。その獣がいるならば、黒く巨大な姿からするに疫病の元かもしれない。」
人々は奮い立ち、遠い森へ向かった。
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狩りに行ってる間に、襲撃された。
最近になって何故か獲物が取れなくなり、少し遠くまで足を運んでいたことが不運だった。
仲間の遠吠えを聞いた瞬間、急いで自分達の住処へ戻ったが、血まみれになって倒れている自分の妻と子供がいた。
彼は怒り狂った。その場にいた人間を何人か食い殺したが、遠くから一斉に撃たれた銃弾が獣の身体を貫いた。
そのまま体勢を崩すと、人々は更に刃物で身体を切りつけ、弱らせた。
傷を負った獣は多くの人の手により街まで運ばれ、とある教会に辿り着いた。
司教は、彼をこのまま殺せば更なる厄災が降り掛かる。よって彼を聖なる存在として崇め奉れば疫病は収まり、彼自身も清められるだろうと語った。
それから獣は教会内の牢屋のような広い一室に幽閉された。
毎日祈りを捧げられ、讃美歌を聴かされ、教会内の少年達の血を捧げられた。
ある周期で「少年自体」も捧げられた。
そして獣は、長年人間の血肉を食らい、崇め続けられるうちに着実に変質していった。
人々は流行り病が収まったと喜んでいた。獣にとってはそんなことは偶然でしかなかった。
神になったところで、彼は生きることに無気力になっていた。
以前までは空腹の本能を抑えきれず捧げられた血肉を貪っていたが、もう同じ日々を狭い牢屋で過ごすことに辟易していた。
そのうち食べることも馬鹿馬鹿しくなり、腹が減っても何も口にしなくなった。
ある日、牢屋に一人の青い瞳の少年が現れた。
もうこのまま飢えて死ぬことを決めていた獣は、生け贄の少年を食べることはなかった。
少年は獣に寄り添い、彼を慈しんだ。
少年もまた孤独で、生きる意味を持ち合わせていなかった。
せめて供物となり、あなたが自由に生きられますようにと身を捧げた。
今までの生け贄は皆死にたくないと泣いていたのに、こいつは俺のために自らの死を望んでいる。
獣は笑った。
生き物としての本能に逆らう彼が珍しく、なぜか面白おかしかった。
今の自分と一緒だからかもしれない。
こいつが生きたいと思う瞬間を見てみたい。人間なら死にたくないと泣きわめくことがあるに違いない。
獣は戯れに少年に血を求め、流れる血を舐め取った。
獣は彼をただ一人の信者として認め、契りを交わす。
その瞬間、獣は邪神として完全に覚醒した。
足枷を破壊し、牢屋を破り、 内部の人間達が集まる場所へ駆けて皆殺しにした。
老若男女問わず、四肢を食いちぎり、臓物を引きずり出し、骨を砕いて壁や天井に叩きつけた。
白く美しい建物内が、血と臓腑で真っ赤に染まった。
獣と生け贄の少年以外、もう誰一人としてこの広い教会で生きている者がいなくなった。
惨状を目の前に静かに泣いている少年に楽しげに言った。
「何故泣いてるんだ?もう俺もお前も自由だ。笑え。いつものあの歌を聴かせろ。」
静寂の中、少年の少し震えた美しい歌声が響き渡った。
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